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歴史・文化・祭り

歴史について

 南三陸町という町は、平成17年に 志津川町と歌津町が合併し誕生しました。三陸海岸南部に位置し、旧・南三陸金華山国定公園(現・三陸復興国立公園)の中心地であることから、「南三陸町」という名前がつけられたと言われています。

南三陸町のあゆみ

明治28年 志津川町設立
昭和34年 歌津町設立
昭和35年 チリ地震発生により旧志津川町で津波被害を受ける。
平成17年 志津川町と歌津町が合併し、南三陸町が誕生(10月)
平成23年 東日本大震災発生(3月)
福興市を開催(4月以降毎月実施)
歌津地区に伊里前福幸商店街OPEN(12月)
平成24年 志津川地区に志津川福興名店街「南三陸さんさん商店街」がOPEN
南三陸キラキラ丼復活(2月)
平成25年 交流拠点としての南三陸ポータルセンターがOPEN(8月)
平成26年 バイオマス産業都市構想の取組み開始(3月)
平成28年 南三陸町地方卸売市場が志津川に完成(6月)

南三陸町とモアイの関わり

南三陸町とモアイの関わり

 東日本大震災の甚大な被害が記憶に新しいですが、約60年前の1960年のチリ地震による津波の被害もありました。旧志津川町内だけで、41 名が犠牲となり、312 戸の家屋が流失、倒壊 653 戸、と壊滅的な被害を受けました。この津波の記憶を未来に伝えようと、南三陸町とチリは、友好関係を深めてきたのです。
 被害から30 年後の 1990 年にチリの国鳥コンドルの碑がチリから贈られ、1991 年にはチリ人彫刻家が新たに創ったイースター島のモアイが、世界で初めて贈呈され、志津川地区の公園に設置されました。東日本大震災でもその交流は続き、今では町内の全7か所にモアイスポットがあります。

東日本大震災を受けて

東日本大震災を受けて

 宮城県南三陸町は、東日本大震災から復旧・復興に向けて、着実に歩みを進めてきました。土地のかさ上げ、住居の高台移転、商店街など商業エリアの整備、魚市場の再建。今まちは復興から『発展』へとステージを変えています。
 2017年には商業集積・商店街の再生を狙った市街地がオープン予定。これから本格的な賑わいを取り戻していくために、地域・住民・行政が一体となって『新しいまちづくり』に取り組んでいます。

文化・祭りについて

文化・祭りについて
  • 志津川湾夏まつり福興市での花火
  • 踊り「トコヤッサイ」
  • 伝統芸能「入谷打囃子(いりやうちばやし)」

 「福が興る市」という願いが込められた「福興市」は、震災の翌月よりほぼ毎月1回のペースで開催されています。 なかでも志津川湾夏まつり福興市は、南三陸町ならではの地場産品が販売され、夜には2000発以上もの花火が打ち上げられます。そして一番の盛り上がりを見せるのが、南三陸町合併前の旧志津川町で誕生した踊り「トコヤッサイ」です。「トコヤッサイ」とは、戸倉地区の伝統芸能・戸倉浜甚句をテンポよくアレンジしたもので、南三陸町に親しまれてきた踊りです。南三陸町の「食」「季節」「伝統」を感じることができる志津川湾夏まつり福興市は、南三陸町の夏の風物詩となっています。

 また、毎年恒例の「入谷八幡神社例大祭」では、約250年の歴史を持つ伝統芸能「入谷打囃子(いりやうちばやし)」を四つの沢が四年に一度ずつ順繰りに奉納するもので、神社を出発し、入谷中の町地区にある「御旅所」と呼ばれる指定樹齢300年以上と言われる大きな一本松のところで祝詞を上げ入谷打囃子を演じます。そして、神社の境内に戻り、祭りも佳境に入ります。この例大祭は、「入谷の祭りと打囃子」として宮城県の無形民俗文化財に指定されています。

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